セラピスト達へ

March 12 [Mon], 2007, 2:04
 
クラニオセミナーもモジュール7が終わり、とりあえず今週のセミナーのお仕事も一段落。
別なところで知り合った知人が、うちの師匠のさらにマスターの言葉を引用していたので、なにかのご縁かと思い、借用しました。

いい言葉ですね。
マッサージだけではなく、これは私の今オーガナイズしているクラニオセイクラルセラピー、ひいてはヒーリングの精髄そのものです。
セラピストたるもの、かくありたいものです。



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「Hammer On The Rock」


マッサージとは、学び始めることは出来るが、決して学び終えることのない何かだ。それはどこまでも続いていく。経験は深まり、高まり続ける。マッサージはもっとも繊細なアート・・・技術のひとつだ。単に技術の熟練度が問われるのではない。それ以上に愛が問われるものなのだ。

まず、テクニックを学んでごらん。学び終えたらテクニックを忘れてしまいなさい。そして、ただ感じてごらん、感じるままに動いてごらん。あなたがマッサージを深く学べば、そのワークの90%は愛によって、10%はテクニックによってなされるのだ。ただ触れること、愛のこもったタッチで身体の中のなにかがくつろぐのだ。

その人を愛し、慈悲を感じるならば、その人の究極の価値を感じるならば、その人を正さなくてはいけない機械としてあつかうのではなく、とてつもなく価値あるエネルギーとして扱うのならば、彼があなたを信頼してくれ、自身のエネルギーと戯れることを許してくれたことに感謝の念を抱けるならば・・・次第にあなたはオルガンを演奏しているかのように感じるだろう。身体全体がオルガンの鍵盤となり、あなたは身体の中でハーモニーがきずかれていくのを感じるだろう。その人ばかりが癒されるのではない・・・あなたも癒されるのだ。

マッサージはこの世に必要とされている、というのも、この世からは愛が消えてしまったからだ。かつては、恋人が触れるだけで充分だった。母親は子に触れ、その身体と戯れた、それがマッサージだった。夫は妻の身体と戯れた、それはマッサージだった。それで充分、いや充分以上だった。そこには深いくつろぎと愛の一部があった。しかし、こうしたものは、この世から消えてしまった。じょじょにどこに触れたらよいのか、どう触れたら、どれくらい深く触れたらよいのか・・・人々は忘れてしまった。事実、触れることはもっとも忘れられてしまった言語のひとつだ。

・・中略・・

だから、祈りに満ちていること。人の身体に触れるときには、神、その人自身がそこに横たわっていて、あなたはただ彼につかえているかのように、祈りに満ちていることだ。あなたのすべてのエネルギーとともに流されなさい。そして身体が流れただよい、エネルギーが新たな調和のパターンをきづくのを目の当たりにすれば、かつて感じたことのないほどの喜びが感じられるだろう。あなたは深い瞑想の内へ落ちていくだろう。

そして、マッサージをしているときは、ただマッサージをすること。ほかのことを考えてはいけない・・・それは邪魔になる。指や手の内に、あなたの全存在、魂のすべてが存在するかのように「ある」のだ。それを単なる身体に「触れること」にしてはいけない。あなたの魂のすべてが相手の身体の中に進んでいき、貫き・・・深奥にある「ほつれ」をほどく。そして、それを「遊ぶ」ようにしてごらん。仕事にしてはダメだ。ゲームにしてみなさい。楽しみとしてごらん。笑ってごらん、そして相手も笑わしてごらん。



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