ここから(心体)元気フェスタ

November 30 [Wed], 2011, 0:53


直前になってきたのでこちらでも告知です。
 
今週末に素敵なイベントにお呼ばれしました。
前回、逗子のみちひらき祭りでお会いした、助産婦のせのおさんの企画です。
おなかの中の赤ちゃんとお話しする方法とかを伝えたりしています。

なんだかとても応援したくなるエネルギーを持っている素敵な方なので、旅人の樹も参加させていただきました。

ここから(心体)元気フェスタ (入場無料)

他にもすごいヒーラーさんいっぱい。
今回僕は癒し元気村(10:00〜14:30)でイベントセッションしていまーす。

 健康に思い通りに生きるためのスペシャル講演会もあるよ。おすすめ。
講演会は要予約なので、チケットは旅人の樹でも受け付けしています。
チケットは当日受付支払いオーケーです。

 僕を通して講演会の予約をしてくれた方には、今回のイベントでの
旅人の樹セッションを1000円引き(講演会参加費相当)いたしまーす。
今回のイベントに協力したかったので、今回限りのスペシャルサービス。
ぜひぜひ参加お待ちしてます。  ご予約 


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心と体の「ここから元気フェスティバル」

 会場: 逗子文化プラザ さざなみホール(1階)

 日時: 12月3日(土) 10時〜16時

 10時〜14時半 癒し元気村
    ヒーリング・代替医療体験
    出店・販売(入退場自由) 

 15時〜16時 講演会 矢島実さん 「ありがとうが幸運をよぶ」
   (要予約・参加費1000円)
・「人生は思い通りになる」(みんなハッピー計画)
ヒーラー矢島実がスピリチュアルで健康に生きる方法をお伝えします。
矢島実ぶろぐ 





 旅人の樹 イベントメニュー 
〜 Inspiring People to There Authenticy 〜

◆カウンセリング (¥2000/15分〜)+¥1000/10分
 チャネリングによるカウンセリング、コンサルティングセッションです。
 ご質問に応じて、エネルギーリーディングを行いながら、
 個人のガイドやハイアーセルフ等と繋がり、必要な情報をお伝えします。

◆エネルギーワーク (¥2000〜)
 高次の存在やソースから、ガイダンスやエネルギーを受け取りながら行う、
 オリジナルのエネルギーワークです。その人の持っている本来の輝きと
 存在の中心を取り戻させ、なりたい自分への後押しをするサポートです。

◆パーソナルエッセンス作製 (エッセンス1本(20ml)につき/¥3000 )
 太陽の波動で清め波動調整したお水とアルコールをベースに、
 その人の必要に応じたエッセンスをその場でエネルギー調整し、
 必要なエネルギー転写を行ってお渡しいたします。
 フラワーエッセンスのような個人服用用、お守り用等にご使用いただけます。

◆裏メニュー♪ 内容応相談、値段時価


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We are the World Japan♪

November 21 [Mon], 2011, 4:50

 
昨年から温めていた企画をついにやりますよ。

 We are the World Japan♪


時期が合ったので、今年は世界同時多発平和にかぶせます。
毎年ジョン・レノンの命日(12/8)に世界中の某所で勝手に行われている、世界中の人達が自主的にそれぞれ平和を祈るという、なんとも素敵なイベントです。

『We are the World Japan♪』は、もともと Heal The Earth 計画の一環として思いついた企画でした。
マイケル・ジャクソンが、「世界を癒そう」と呼びかけました。
今、この星にもっとも必要なことだと思います。
彼はそれを夢見て、その結末を見ることなく、道半ばにこの星を見守り導くマスターの一人に加わりました。
彼が成そうとした意志を受け継ぎ、そのムーブメントにたとえ微力でも加わりたいと思いました。
だから同じ思いを持つ人々がつながり、多くの力を集めて流れを作っていきたいと思います。

同じ視線でこの星のことを想い、
考えている人達が、この時代にいる。
この場所で会えて、きっとつながっていく。
波紋のように拡がっていく、
大きな動きのここが始まり。
さぁ、バタフライ(※)の
最初の羽ばたきを起こしていこう。

この星の未来を創るための、音楽と癒しの小さな祭典です。

これが始まりの小さな一歩。
We Are The World  私達が世界。
皆で未来を作りましょう。


(※バタフライ効果
地球の裏での蝶の羽ばたきが、反対側の気候変動にまで大きく影響を与える可能性があるというお話。初期条件のわずかな差が時間とともに拡大し、結果に大きな違いをもたらすということを詩的に表した表現。端的に言えば、小さな要素の組み合わせでも未来に大きな影響を与える以上、正確な未来予想は不可能であり、いつでも希望は残されているという事)



 世界同時多発平和 - We are the World Japan♪


 日時:12月10日(土) 10:30〜15:30

 場所:森のテラス(東京都調布市)

 参加費:1500円(会場使用料です)

 キッチン:minacha-yam  みなちゃんの素敵ランチあり
 ランチご予約はメールフォームより、よろしくおねがいします。


スケジュール

10:30 開場
11:00〜 オープニング まごじじ (ピアノ・声・即興)
11:30〜 ライブ ふにふにかめゆき (クラシック声楽)

12:00〜 ランチタイム  料理:minacha-yam

13:00〜 地球光の花計画 きーちゃん (軸を作るWS)
13:30〜 ライブ MISAO(バイオリン)
14:00〜 ライブ 高橋 全 (ピアノ)
14:30〜 ライブ 金原 小花 (ピアノ・歌)
15:00〜 We Are The World みんな

15:30 終了 後片付け 


上の階でミニヒーリングセッション等もやっています。
最後は「We Are The World」皆で歌います。

お待ちしています。
ありがとう。


















  

愛するには

November 19 [Sat], 2011, 2:47


なんか秋っぽい映画が観たくなって、「Sweet November」を取り寄せて観た。泣いた。

いろんなテーマが散りばめられていた。愛ってなんなのかとか、人生を生きる意味だとか、そういうことのシンプルではっきりした何かが伝わってくるいい作品だと思う。
ただ、救いのない現実に救いを与えてあげられるのがフィクションの役割だとするなら、一人の人間としての泥臭い気持ちに従って、もっと最後まで足掻いてほしいと思った。
そこから見えるものや、開かれていく別の未来、そこまで見たいと願う。
綺麗な終わり方よりも、傷ついたとしても繋がっていく未来への希望にこそ、本当の価値があるのだと私は信じていたい。

「あなたには 幸せな 私を覚えててほしいから」という言葉が印象に残る。
人の生きる意味は、ひょっとしたら自分の人生にではなく、誰かの中に残り、生き続ける事にあるのだろうか。
一生の終わりに残るものが、自分の満足だけだとしたら、多分やり残したことを思うだろう。
誰かの中に、どれだけのものを残せたかが生きた証で、そうやって与え合い、受け取りあった交流こそが、生きる意味なのだとしたら、多分それは愛と同じものだ。
そんなことを思い、深く響いた。
受け取った人に優しい気持ちを残せるのなら、それは十分価値あることだと思う。
そんな言葉や、交流や、何かの足跡を、日々自分も残せたらと思った。

ありがとう。



ただ寝るのが惜しくて、暗い部屋で祈るように瞑想していたら、
例のごとく言葉が降りてきたのでメモしておく。

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神様、どうしたらもっと深く愛せるようになりますか?


あなたの闇を相手に投影するのをやめて、本当の彼等自身を見てあげなさい。
あなたが真に彼等を曇りなく見るとき、そこには美しかあり得ない。
生命は等しく輝きを放ち、どれも代えがたくユニークで素晴らしい存在だ。


なぜ私はそれを忘れずに見続けていられないのでしょうか?


あなたが彼等の中に自分の見たいものを見ようとしているからだ。
彼等はあなたと同じように自由な存在なのだから、あなたの期待で相手を枠にはめて見ることを手放しなさい。

川の魚にあるべきを問わぬように、飛ぶ鳥に行方を訊かぬように。
未だ開かぬ蕾の、花の色形を指示したところで、その意図に沿わぬは花の落ち度ではない。

ありのままを見て、それをありのまま受けとめなさい。
あなたが期待を手放して見るとき、そこに現れる存在は常に新鮮で新しい。
己を枠にはめこまなければ、それを相手に求めることもない。
好みやコントロールを他の御霊(生命)に押し付けることで、不自由になるのは己自身だ。

愛であるということは、あるべきを問わないということだ。
相手の中に”べき”を問うのは、己がそこに縛られているからだ。
なにものからも自由でありなさい。
心を開いて愛するというのは、そういうことだ。

自分自身もまた、常に新しく新鮮でありなさい。
過去の経験に従うのではなく、常に今だけに立ち、
未知を友とし、幼子のように世界を味わい、遊びなさい。
そうすればあなたは世界の素晴らしさを知るだろう。
そこに映る己を知るだろう。それを愛するようになるだろう。

自分自身の制限から自由になるとき、あなたは期待や制限なく人を愛する者になる。
怖れないで開いていなさい。あなたが傷つくのは、他者によってではない。
あなた自身が、宇宙から自分を閉ざして切り離すためだ。
自分を罰することを手放しなさい。自分の価値をきちんと受け取りなさい。
何者もあなたより素晴らしい存在はない。
それを理解すれば、同等を外側に見るだろう。

内も外もなく、あなたと私の境もなくなる。それが愛だ。
相手を想うことと、自分の喜びが同じものになることだ。
生命(イノチ)の本質は歓びだ。
だから相手の歓びを感じることは、生命の本質的な交流である。
それをして人は、生を真に生きることを味わう。

それをしにきたのではなかったのか?

忘れずにいなさい。あなたは愛だ。何者にもまして価値ある存在だ。
あなたが素晴らしいのは、あなたが独特で、創造的で、自由な存在だからだ。
ありのままの自分を受容すればいい。
そうすれば、他者のありのままを見ることができる。
本当の彼等を知ることが出来さえすれば、あなたは彼等を愛さずにはいられない。

自分を愛から切り離してはいけない。世界から己を閉ざさぬように。
怖れと無知が、愛を遠ざけ、あなたを孤立させる。
受け取りなさい、宇宙があなたに与えるものを。
心を開いて、そのありのままを見なさい。

闇の中の小さな自分には価値がないと、誰が言おう。
それを言うのもあなた自身だ。
あなたが誰であろうとそれが、そのありのままがあなた自身だ。
そしてそれを受け止めたその時から、あなたは動きだす。
あなたは、あなた自身を生き始める。

愛と感謝と許しが内側から始まるとき、人は生きることの意味を真に知るだろう。
真の交流、真の人生の体験は、実際のところ、そこからしか生まれない。

もう頃合だろう?
待っているよ。


love my son.
愛する子供達へ


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November rain

November 14 [Mon], 2011, 19:42


雨が降ってきましたねぇ。
十一月の雨は、足音を消すように世界から自分を切り取ってくれるみたいで、
この静けさに守られた夜が、とても大切な贈り物のようです。

なるべく小さく明かりを灯して、
明日のカレーナイトのチーズケーキでも、ゆっくり作ろうと思います。


明日よければお待ちしてます。
ありがとう。








 

足つぼ整体講座 他 やるよ

November 11 [Fri], 2011, 5:16

 
日記にも書いとこうっと。
今週末に足ツボ講座やります。

やるのもやられるのもクセになる足つぼ整体です。
ちょっと痛いんだけどすっきりしますよ。

やる方が面白いけどね。
今回は気合を入れて修了証も作ってみた。



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11/13(日) 足つぼ整体講座

 
講座のオファーを頂きました。
身内には何回か教えたことがあったのですが、
足裏整体療法を、今回初の一般公開で講座いたします。

大きな窓から注がれる、陽だまりの中、木洩れ日と鳥の声を愛でながら、マッサージのお勉強。

こう見えても私、以前中国整体も学びましたので、
「厚生労働省認可全国整体療法協同組合認定 整体師 整体フットセラピスト
同組合 セラピスト養成機構公認 気血循環療法 整体トレーナー
内閣府認証NPO法人 日本セラピスト協会登録セラピスト」
という見た目偉そうな肩書きもあります。

なので教えられるのは、ぬるいリフレではなく、ちょいと痛めの中国整体ベースの手技ですが、
学んでみたい方は、今回の一日体験講座お勧めです。
きっちり覚えれば、身の回りの方に施術できるようになります。

『旅人の樹』りゅーによる、足ツボ講座。
おいでませ。


日時:11月13日(日)10:30am〜16:00pm

場所:森のテラス(東京都調布市)

参加費:12000円(会場使用料¥1500含む)

持ち物:お弁当、筆記用具、タオル、ハンドクリーム、膝までまくれる服等。

ご予約は以下メールフォームより、よろしくおねがいします。


不明な点等ありましたら、ご相談ください。
ありがとうございます。



〜・〜・〜・〜・〜・〜



その他、今月のイベントです


明日12日(土)は毎度おなじみ Ryu's Cafe@目黒
午前中のお花WSと午後のリーディングカフェです。
今回は111111の大きな変わり目直後にぶつけてみました。
さて何が出るかな。

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あと15日(火)は久々カレーナイトやりまーす。
こちらもなんだか久しぶり。秋っぽく夜長を楽しみましょう。

〜・〜・〜・〜・〜・〜

11/23(水・祝) クラニオ1dayワークショップ
自信を持っておすすめできるワークです。今回はイントロダクションの体験会。

〜・〜・〜・〜・〜・〜

11/22(火) お花ワークショップ 
今回は溢れるユリ〜

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11/26(土) ヘナ会

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そんな感じでよろしくおねがいしまーす。

特におすすめはクラニオと足ツボかなぁ。あとカレー(笑)。
お待ちしてます。


ありがとう。







ポスト311何を食べたらいいのか

November 10 [Thu], 2011, 13:58
 
なかなか分かりやすく、希望もある記事でしたので転載します。
原発事故は人が生き方やライフスタイルを省みるための、
チャンスであり試金石なのでしょう。
起きてしまったのなら、それをよりよいものを生み出す機会にしよう。

どんなときも正解は自分で見つけるしかない。
人の言葉ではなく、自分が受け取ったものから自分で選ぶのだ。
他人のものさしを自分の人生に当てはめていたら、気持ちよく生きられるわけがない。
出来るだけ多くの事実の欠片を集めて、そこから自分の感性に従って判断し選ぶのだ。



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田中優の“持続する志

 優さんメルマガ 第103号  2011.11.9発行
■□■□◆◇◆◇■□■□◆◇◆◇■□

□◆ 田中 優 より ◇■□■□◆◇◆◇■

ポスト311、何を食べたらいいのか

◆放射能の何が危険か〜内部被曝◆
放射能とは放射線を出す能力のことで、被害を与える本体は放射線だ。
それは電磁波の一つで、光や携帯電話の電波と同じものだ。だがその
中に、とてつもなく体に悪いものがある。それが電離放射線と呼ばれ
る放射線だ。その放射線は遺伝子を切ってしまう。私たちの体の設計
図だ。それでも一本残っていれば再生できる。遺伝子である二重らせ
んのDNAは、二重らせんで対面するペアの組み合わせが、互いに必
ず決まっているからだ。ところが細胞分裂するときには一本ずつに分
かれてそれぞれが新たなペアを作っていく。そこで切断されたら再生
できなくなる。ぼくら大人はすでに成長しているから、もはや細胞分
裂は多くない。でも雨後のタケノコのように育つ子どもたちは、細胞
分裂を限りなく続けている。だから子どもへの方が数百倍もの影響す
るのだ。
その放射能が数メートル先の地面にあって、そこからの放射線で撃た
れるとき、被害はさほど大きくない。放射線は四方八方に飛び散るた
め、自分に当たる角度に飛ぶものだけが当たるからだ。そしてまた放
射線は、近くの方がエネルギー量が大きい。離れれば影響は小さくな
る。しかしその放射能を食べてしまって、体の内側から撃たれたらど
うなるだろう。距離が近い上に、どの方向に飛ぼうが全部が命中する
ことになる。だから外からの外部被曝よりも、内側からの内部被曝の
方が被害は数百倍も高くなるのだ。

◆どの放射能を気にすべきか◆
今回の福島第一原発事故は、チェルノブイリ原発事故と違って核爆発
ではなかった。そのため爆発温度が低く、金属が蒸発するほどの温度
に達していない。おかげでチェルノブイリのように金属核種が蒸発ガ
ス化して、風に乗って遠くまで飛ぶということはなかったようだ。
そのおかげで心配されたプルトニウムはほぼ原発敷地周辺と風下にあ
たった飯館村にとどまり、骨に蓄積して体外に排出されにくいストロ
ンチウムも被曝量でセシウムの一万分の一以下にとどまった。
当初に人々を被曝させたヨウ素は遺伝子を傷つけてしまったので将来
に被害をもたらすものの、寿命が短かったおかげで現時点では数億分
の一まで下がっている。今後気をつけなければならない放射性物質と
しては、ほぼセシウムに限定されていると言えるだろう。

◆セシウムの性質と食べ物の汚染◆
だからセシウムを含んだ食べ物が怖い。食べ物が放射能に汚染されて
いたら、体の中に蓄積されて、内側から放射線に撃たれることになる
からだ。体内に入った放射能も、時間が経てば排泄されていく。
この時間を「体内半減期」と言って、物質によって大きく時間が違っ
ている。しかし今回の福島第一原発事故では、最大の被曝量となるの
はセシウムだから、そのセシウムを見ておこう。
セシウムは水に溶けやすいと言われる。しかし現実には溶けやすすぎ
るのだ。マイナス116℃で水と反応するセシウムは、常温の大気に出て
くれば必ず大気中の水蒸気と反応する。そして一度水と反応したセシ
ウムは、二度目の反応はしない。だから常温の世界では水と反応しな
いのだ。水と反応したセシウムは、粘土やホコリと反応する。余った
電子の数が、粘土を引きつけるからだ。だから現実には、セシウムは
必ずホコリと共にやってくる。水の底に沈んだ汚泥や側溝の下、雨ど
いの下やすべり台の下に集まるのはすべてそのせいだ。エアコンや車
のフィルターに集まるのも同じだ。
逆にそのせいで、最初の雨水に叩き落されはするが、その後の雨には
含まれにくい。野菜も同じで、当初ホコリと共に降り注いだセシウム
が野菜を汚染したが、その後の野菜の汚染レベルをみると、ほとんど
汚染されていない。根を経由しての汚染は、ほとんど見当たらないの
だ。汚染度は以下のHPに掲載されている。
全食品 http://yasaikensa.cloudapp.net/browsebyproduct.aspx
淡水魚 http://www.nuketext.org/parts/tansui_gyo.pdf
底生性生物 http://www.nuketext.org/parts/soko_uo.pdf
回遊魚 http://www.nuketext.org/parts/uki_uo.pdf

◆産地と濃度に気をつけるべき食品◆
逆に言うと、汚染されている食品は限定されている。それらを覚えた
方がずっと早い。
第一に生体濃縮による汚染だ。栄養と勘違いして集めてしまったセシ
ウムを、微生物、小魚、大魚と濃縮してしまった場合だ。この生体濃
縮に注意すべきものは、「肉・卵・魚・牛乳」だ。しかし日本の畜産
ではアメリカ産の配合飼料を与えるのが一般的であるため、家畜の汚
染度は高くない。当初の汚染されていた稲藁を与えてしまった牛肉や
牛乳以外では高くはない。むしろ問題なのは天然由来の魚介類だ。

魚の汚染度を見てみると、大まかに淡水魚、海の底生生物、海の回遊
魚の順に汚染が下がっていく。淡水魚の中でも特にアユが高い。これ
は特殊にセシウムを集めるコケを食べているためだ。それ以外の淡水
魚も高い。これは栄養分の少ない川に生息しているためだろう。汚染
されている海は限定的だ。特に福島沖と茨城沖が高い。福島原発から
莫大な放射能が海に流されたが、その流れは北から流れてくる千島海
流が南に押し、茨城と千葉の県境にある犬吠崎で、南からの強い流れ
である黒潮に押されてハワイ方向に流されていくためだ。もちろん乱
流もあるので周囲に広がりはするが、汚染度の高い場所は福島と茨城
沖に限られている。

第二に特殊に集める生物がある。直接食べることはないがコケ、特に
注意すべきなのはキノコ、とりわけシイタケ、ナメコだ。キノコは菌
類であるせいか、よく周囲からセシウムを集めてくる。他に葉の固い
イネ、笹、竹などが集めやすい。特に来春のタケノコは要注意だ。
日本では一般的ではないが、チェルノブイリではブルーベリーが非常
に高く汚染されていた。

第三に幹や枝葉から汚染が伝った可能性のあるものとして、果物、クリ
、ウメ、お茶がある。福島周辺は3月の時点では若葉はまだ生えていな
かった。幹と枝ばかりの落葉樹には、幹自体に汚染が取りついた。それ
が樹幹流と呼ばれる雨水の流れとともに、果実に入り込んだのだろう。
お茶の調査では根から吸い上げたものではないとされている。汚染され
た落ち葉も、2011年の葉よりも2010年に落ちた落ち葉の方が汚染度が高い。

第四に部分的に集めている作物がある。特にコメの胚芽部分、小麦の麦
芽部分だ。チェルノブイリの調査では、胚芽部分に93%の汚染が集中し
ていたというデータもある。胚芽部分を除いた白米では、汚染は相当低
くなる。

◆にわかベジタリアンに◆
他の野菜類は根から集めていないようだ。そもそもセシウムを植物は吸
い上げたくはなく、カリウムと間違って集めている。カリウムが十分な
土地では集めないのかもしれない。しかもチェルノブイリでは、年数が
経つにつれてセシウム汚染は下がっている。セシウムは粘土に吸い込ま
れやすく、年を追って引き出されにくくなるようだ。その結果、ホコリ
をかぶった当初の野菜を除いて、ほぼすべての野菜の汚染度は極めて低
い。ホウレンソウもナタネもヒマワリも集めていなかった。特にナタネ
が集めていないことを知ったとき、正直ほっとした。というのは、日本
人が食べている野菜の中では、ナタネと同じアブラナ科の植物が圧倒的
に多いからだ。ということは、私たちの食品の汚染はかなり汚染を避け
られるのかもしれない。
そう考えてみると、誰が風評被害を作っているのかはっきりする。それ
は汚染食品を怖がる私たちではなく、キログラム当たり500ベクレル以
下という甘すぎる基準を作った日本政府が元凶なのだ。野菜はほとんど
一ベクレルも汚染されていない。ところが500ベクレルの基準以下と言
われるだけなので、安心して食べることができないのだ。
私たちは当面、にわかベジタリアンになろう。とにかく安心して暮らせ
ることが大切だ。そして落ち着いた気持ちになれたら、本当の元凶であ
る原発を止めよう。大丈夫、脱原発を求める私たちの方が確実に多数派
なのだ。テレビ・新聞が何を言おうが放っておけばいい。私たちは圧倒
的多数派なのだから、今の仕組みの方をを変えてしまえばいいのだ!

■□ 発行者、講演・取材の窓口 ■□
合同会社OFFICE YU
【MAIL】 officeyu2011@ybb.ne.JP  担当 渡辺(TEL 090-1544-0085 )  
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Amazing Grace

November 03 [Thu], 2011, 2:18


一日何かを読んでいた日。

起きるまで夢だと気が付かなかった、とても居心地のいい世界の明晰夢から醒めて、こちらの世界を生きている自分の現実に戻された。そんな朝の始まり。

そういえば昨夜は自分の中で、なんだかとても腑に落ちる気付きを得た日だった。
今朝あの世界に夢でつながっていたのは、ひょっとしたらそれが関係していたのかもしれない。

それはなんか当たり前すぎて、わざわざ口に出す必要もないようなものだったのだけど、多分僕が受け取る必要のあるものの中でも、とても重要なものなのだと思う。
私が揺れて振り回されてきた自分の中の感情や、葛藤や傾向(パターン)みたいなものが、なぜそこに存在していたのか唐突に分かったのだ。
言葉にすると薄れてしまう気がしてうまく説明しづらい上、あまりに個人の感覚に依存する体感なので、おそらく十分な理解は得られないかもしれないが、敢えて書いてみる。

それはすべてはこの魂があの源につながっている自分として、同時にここに在ることに気付くために存在したブレ(焦点を合わせるまでの)というか揺らぎ(一時的な忘却と離脱)のようなもので、感情体やメンタル体等、肉体により近い層の感受性に引きずられずに、同時にここに、より拡がった存在として、どれだけ自分として深く在るあり方を選べるかということだったのだ。
それは魂や精神の成長や自立と関係している。

あまりにも幼い自身の感情を、どうにも持て余してしまうときに、それがどのようにすれば満たされるのかにきちんと向き合うと、必要のあるプロセスを得て、人は変わり、成長していく。
それはスピリットの成長にもきっと同じことなのだろうと感じる。それをありのまま欲し、ただ受け止めていけばいいのだと分かった。
きちんと愛されていることを受け止められた子供が、もう甘える必要のない自信を得て、自然と自立していくように、スピリットはありのままを受け止められることを望んでいる。
その人と人、人と宇宙の無条件の交流を、何と呼んでも構わないが、きっとそれが愛なのだろうと思う。

夜遅く終電で帰ってきて、なんだか夕涼みしたくなって一つ前の駅で降りて、まだ若い三日月と、明るく透き通った冬の一等星を見上げながらてくてく歩いていたら、とても澄んだ、あの懐かしい感情がふいにやってきた。
肌寒いけれど清々しい風が頬に触れ、吹き抜けて、とてもいい夜だと思った。
秋の夜には時折、こういう心を清ますような風が触れる。
それは決まって、夜気の底でたった一人で居るときにだけ来るのだ。

それを味わっていたら、それに侵され揺さぶられることのない、自分の芯のスピリットの存在と、それに連なる大きな源を意識した。
個でありながら全である事は矛盾しない。それは個が全の一部だとか、全は個の集合だとかいう事ではなく、個と全は「同時」に、そして矛盾せず確かに今ここにある。
これを保ち、かつ同時に個の感じている喜びと意思、願い、愛、情熱に従って、より純粋に生きることが、己の魂をありのまま生き、表現することだ。
自分の中の矛盾や不理解や稚拙を含めて、少しずつでも、もうそれを認めていかなければならない。いずれにせよ今は他の道は見つからない。

スタートには立てたか?間に合ったのか?
空を見上げても、たくさんの出会いと計らい、その恵みと恩寵にただ感謝するほかない。

Amazing Grace.(いと深き、神の恩寵)



そんなわけで、内観の夜と夢の朝を越えた、オフの一日。
どこに出るともなく、ほとんど動くこともなく、ひたすら活字を読んだ日。
漫画、雑誌、実用書、ネット私小説もろもろ5冊分くらい吸収し、感動を蓄積し、修養する。いずれも良作、名作。とても満足した。

そして先ほど、先日書いたメモ日記「10/22 葛藤は何のためにあるのか」に対して、昨年ご縁を頂いたあるクライアントの方から、とても詳細なご自身の理解とシェアを頂いた。
6000字を越える、とても的を得たテキスト。こちらもすごい文才。

こんな私の何かでも、誰かの中にそれぞれの源につながった気付きを促せるものがあるなら、日々ふいに降りてきたりする些細な気付きでも、なるべくアウトプットしていきたいなという励みになる。感謝です。

先日シャワーを浴びてたら降りてきたメモがあったので、せっかくなので載せておくことにする。
なぜかインスピレーションはシャワー中に降りてくることが多い。
記憶や意識の情報は、エネルギーボディの層に蓄積されたり送受信されたりするから、それが水浴びで禊がれて余分がクリアになって、空いたところに入って来やすいのか?興味深い。


*-*-*-*-*

神というものがあるとしたら、なぜ世界の悪や悲惨な現象を許すのかということについて降りてきた気付き。

神(宇宙)の愛は無条件である。
無条件であるということはジャッジや判断がない。
したがって、神というものがあるとしたら、それは現象の善悪を問わない。

個々のスピリットは、その存在のあらゆる側面を体験したいという願いに基づいて生命として生まれてくる。
したがって神の愛は、その存在や現象のあらゆる側面が体現されることを許すという意味でも、無条件の愛である。

重要なのは、個々のスピリットがあらゆる可能性の選択を許された状況の中で、それぞれの意思として何を選ぶかである。
その結果の集積が、我々の体験する世界のあり方のベースを構築している。

故に、世界がどうあるか、私達が何を体験するかは、それぞれ自身の思考と意思と選択の結果である。
そしてそれが、選択の結果である以上、我々はそれぞれの体験する世界も、状況として現れる世界も創造することができる。

*-*-*-*-*


なるほどねぇ。だから自覚的に目醒めて生きるということが、これほど重要だと説かれてきたのね。
この世界のおかれている現在の状態からすればなおさらか。

別に神だのなんだのいつも考えているわけではないけど、他にそれを表す適切な言葉がないし、普遍的なのでつい使ってしまう。もともと宗教的なドグマは持っていない。
たくさんのものの見方があるなら、それぞれ好みのものを使えばいい。
それでも宇宙には人の二元性の持つマインドを越えた理解の仕方や理が、確かにあるのだと思う。
それを解き明かして受け取りたくて、こんなことを20年もやっている。

本当のことと、それを完全には理解し得ないことで生まれるバランスが、人間の生を面白くしているのは確かだろうなぁ。
それでも私は我侭なので、すべて知った上で選びたいのだ。

だんだん生きるって楽しいと思えるようになってきた。
こんなことを考えていることの利点は、日々に埋没して巻き込まれそうになる俗事の中にあっても、人間で居られることの、その体験の貴重さを忘れず思い出せることだ。
見落としがちな日々の中の感動を、一つとして取りこぼすことなく受け取ることが出来たら、この宇宙には、感謝や感動なんて言葉では到底足らない豊かさが溢れている。
ただそれを忘れないための、つまらない理屈なんだ。

だとしたら理屈がいらなくなったときに、本当に受け取れるのかな。
それも楽しみだ。


ありがとう。







 
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