7月のメッセージ

July 16 [Mon], 2012, 7:29


友人の紹介してくれたリンクにあった文章が、なかなか読みやすく的を得ていたのでご紹介です。
この7月は個人的にいろいろ山場を迎えている方も多いと思います。
これが大きな流れの一部であることを知り、それぞれのプロセスの役に立ちますように。

以下は ビジョン心理学ナイトライト・ニューズレター より転載します。
(文中にある「ア・コース・イン・ミラクルズ(奇跡のコース)」は、ACIMとして知られる有名なスピリチュアルの学びのコースです。最近公式に邦訳本も出版されていました。)

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7月の流れのなかで最も重要な面は、「上昇」です。 多くの慢性的なパターンが変容するために表面に上がって来るでしょう。あなたがどのような態度でのぞむか次第で、このことは良いニュースにも、悪いニュースにもなります。

もしあなたが、必ず自分を癒すことを決意して、自分自身やみんなの変容を目指して専念するなら、結果は実り多いものになるでしょう。

あなたが自分の感情を怖がり、変化を怖れているならば、多くの戦いに入ってしまうでしょう。なぜなら自分の古い痛みを、周囲の人々に転移してしまい、その人たちのニーズや攻撃性であるように思ってしまうからです。自分のまだ癒されていない部分を世界に投影して、世界を批判し、責めたて、世界によって傷ついてしまうのです。

今月はあなたの癒しに専念すること。過去と現在の自分をゆるし、自分の感情をゆるし、感情に関係するすべての人々をゆるすことによって、あなたにとっては優雅に手放す一ヶ月になるでしょう。

ミラクルが満ちています。あなたがミラクルに対して心を開いているならば、そして自分自身の限界を乗り越えていく意欲があるならば、ミラクルはいっぱいあります。

今月あなたは、自分を失敗させるパターンに気がつくことができ、それに責任を持つことができるのです。あなたが辛い感情を感じるならば、それは「自分の」問題であり、あなたがそれに責任を持ち、変わることが求められているのです。 もしあなたの責任を受け入れるならば、天によってその問題が癒されるのに任せることができます。その問題は幻想であり、もはやあなたはそこに留まることを望まないのですから。

ひと月を通して古い痛みやパターンが現れ、あなたは月末までに、とても多くの痛みから開放されることが可能です。癒しながら前に進むと、それはまるで人生という旅の途中で、突然、まったく新しいレベルに引き上げられたような感じがするでしょう。もしあなたが機敏で、癒すことに専念しているなら、今月のあなたはレベルが引き上げられて、8月までにあなたの生活、人生がガラッと好転するでしょう。

あなたの意識が引き上げらる時、集合的な意識全体も助かるのです。あなたの進歩を妨げているパターンの全ては、集合的意識の進歩を妨げているのであり、あなたの癒しが世界の助けになるのです。すべての意識はつながっていますから、あなたの意識に光が射す時、多くの人々の夜が明けるのです。

7月第1週は、あなたがこれまで「なかなか変わろうとしない」手に負えない分野に関して、「いきなり起こされる」ような「不快な目覚め」と驚くような発見を経験なさるでしょう。あなたが、輝くよりも隠れることを選択してきたところを、自分のなかでいくつも発見するでしょう。あなたの中の、この抵抗と「逆らうストーリー」 を癒すと決意してください。

7月第2週は、あなたのネガティブやポジティブな「カルマ」が見えてくるでしょう。良いニュースは、天はカルマというものを信じてはいないということ。なぜならワンネス(ひとつであること)の中には、罪悪感や分離のパターンは無いから。

カルマについての悪いニュースは、我々人間はそれを信じこんでいるということ。7月最初の2週間は、あなたが進化するのを阻んでいたものが何かがハッキリわかるので、それに責任をもつなら、それを止めることができ、あなたが引き上げられるでしょう。

第3週は、あなたの「補償行為」が姿を現します。 それは役割や癒着や犠牲のある場所。あなたが肯定的な行動をしているのに何もご褒美を受けとっていないところ。なぜなら、それは防衛であって、真に与えていないからなのです。 補償行為は、表面的にはポジティブな行為でも、内面には罪悪感と暗い否定的な自己概念が隠れており、それから防衛するためのものです。この防衛と否定的なものを捨てることにより、多くの「燃え尽き」と欠乏から自分自身を救うことになります。

補償行為に潜んでいる「癒着」により、両者が同時にお互いに依存しあい、承認を得るために犠牲を払うという「共依存」の関係になります。また、癒着があると、「被害者意識」と、感情を切り離して自分だけで頑張ろうとする「自立」の間を行ったり来たりする悪循環になります。

「ア・コース・イン・ミラクルズ(奇跡のコース)」の中の私のお気に入りのレッスンのひとつが、「真実は私のマインドのすべての誤りを正してくれる。」( "Truth will correct all the errors of my mind.")

私はリラックスしてこの冥想の中へ入ることができ、実際に自分のマインドから幻想が取り除かれる感じを感じることができます。このレッスンは、実際にあなたのマインドと、知覚と、経験を変えることができ、結果としてあなたの世界が変わります。

「コース」からのもう一つの私のお気に入りのヒーリング・メディテーションで、同じように変容をもたらしてくれるのは、 「私は神の中で休みます。」("I rest in God")

あなたが愛の中で自分自身を休める時に、変容が起きるのです。神さまは、あなたの中で、あなたを通して、働きます。あなたがもっとも大切にしてきた、でも制限的で苦痛ですらある観念体系(信念体系・ビリーフシステム)がどんどんゆるんでいき、遂にそれを手放した時、、あなたは回復し、元気を取り戻すのです。また新しく理解できることも多いでしょう。もし自分自身をそこに集中させれば、パラダイムシフトが起きて、これまでよりもずっと高いレベルで行動することができるようになる可能性もあります。

7月中はまた、あなたの生活体験の多くの中に甘いやさしい感じもあるでしょう。友情と他の人たちとのコラボレーション(共同作業)の喜びもあります。

そして、全般的には、多くの人たちにとって、金銭的な困難の緊張感がまだありますけれども、以前は真っ暗だったところが、今年は次第にだんだんと明るくなって行くでしょう。これえからの数年間は、一年ごとに全般的に進展していくでしょう。あなたが自己価値を高めていくにつれて、そのように進展していくでしょう。

7月第4週は、タオ(道)、真実の展開と同じ方向に自分を向けたい という新しい願いが生まれます。 その結果、あなたは「光の方を向く」のです。 これこそが、もっともポジティブな態度です。 真実の方向こそが、あなたをホーム(お家・ふるさと)へとつれて行ってくれます。

そうすることであなたがさらにもっと幸せに、愛情のある人になります。 あなたがひとたびこのゴールを目指すことに方向を固定したなら、この世の些細な事を超えた先へとあなたは引き上げられるのです。あなたが幸せであるほど、正しい道を進んでいるのがわかります。忙しくあれこれ行動しようとする補償行為が、すべて剥がれ落ちて行きます。おかげで、それまで忙しさの補償行為の下に隠れていたものが癒されて、真実の自己価値を承認することができます。あなたが十分に光を受けとめることができた時に、自分自身だけでなく世界をも救うのです。

7月末の数日間と8月初めの数日間には、あなたの中の「自分は不十分だという陰謀」に対処することになるでしょう。自分は不十分だという気持ちは、分離の副産物であり、通常我々は、空威張りするか補償行為をしてそれを隠します。不十分だという気持ちは、自分は弱い、無価値だという気持ちを伴います。エゴは、そもそも分離からできているので、分離を維持するために弱さと無価値に投資するのです。 「不十分さの陰謀」というのは、不十分さが進行中の慢性的な問題化している場合です。しかし、一方で、この弱さを使って、天に頼り、自らのマスタリーを受け入れることを学ぶこともできます。なぜなら、「ア・コース・イン・ミラクルズ」にあるように、「あなたの弱さは、天の強さ。」("Your weakness is Heaven's Strength.")だからです。

マスタリー(見事な、達人)の領域に達した人たちが、なぜあれほど楽々と、しかも効果的に行動できるのか。それは彼らが自分の力では何もせず、すべては天に任せて、自分を通して天にやってもらうから。自分の力だけで何とかしようとするのは緊張感と困難さを生みます。 あなたがよりマスターフルな達人であればあるほど、天とのパートナーになり、この世を越えた先の宝物ー愛や喜びとしてこの世にも存在しているものーを追求し始めます。そうするためには、変化と癒しの道を進むこと。その道は、変わることの無い、あなたにスピリットの光へとつながります。

時間のある世界でも、それを越えた永遠においても、あなたを下支えしてくれる真実の意味をもつものに向けて、行き先の方向が今月はっきりと形づくられ始めます。あなたの大きなブロックやパターンを変容させてくれる今月のタオ(プロセスの流れ)の機会を利用しましょう。

美しい、祝福されたひと月をお過ごしください。

チャック・ スペザーノ ナイトライト・ニュースレター
2012年7月 ハワイ、カネオヘにて


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エネルギーワークWS

July 12 [Thu], 2012, 14:58

 
エネルギーワークのワークショップ明日開催でーす。よろしくおねがいします。
今回はプレゼンスの保ち方と、実際的なヒーリング方法等が中心です。

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エネルギーワークWS

ご好評につき、前回の『リーディング・チャネリングWS』の続編です。
今回は実際的なヒーリングなどの応用編。

基礎としてのセンタリングやプレゼンスはもちろん、どのように
サイキック的な技能を開き、生きていくうえで役立てるかというお話とその実践。
人の感情などを感じやすくて困ってるという人や、より感覚を洗練させて
自分の芯と軸を持って生きていきたいという人など、おすすめです。

【内容】
エネルギーワークとは
センタリング 自分の(芯・真・神)
プレゼンス 身体意識の保ち方
ヒーリング
プロテクション
空間に対するエネルギーワーク(結界術)

(必要と希望に応じて、能力開発のエネルギー調整も行います)

今のところそんな感じの内容で構築予定です。
よろしくおねがいします。


日時:7/13(金) 10:00〜17:00

場所:旅人の樹
(場所が分からない方にはメールにて返信します)

申し込み:メールフォームにて承ります。

定員:8名

参加費:15000円


今回参加できなかった方でも、ぜひ受けたいという方がいれば、
 お気軽に別途開催希望日をメール等でオファーください。


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Aloneness & Lonelyness

July 11 [Wed], 2012, 17:29


先日、孤独と愛についての観想(テオリア)を書いたが、さっきそれについて書かれた故Osho(インドのマスター)の文章を見つけた。

「aloneness」と「 lonelyness」。孤独と一人在ることの違いについて。
彼の言葉は美しい。ただ一人在ることの深みに降りていく。
どうか所属も所有もない、自由な旅を生きられますように。



〜・〜・〜・〜・〜・〜

生とは神秘だ。
だがそれを、
問題にしてしまうこともできる。
そして、
ひとたび神秘を
問題に仕立てると、
厄介なことになる。
それを解決する方法は
存在しないからだ。
神秘はどこまでも神秘だ、
解くことはできない――
だからこそ
それは神秘と呼ばれる。
生は問題ではない。

・・・
それを問題に仕立てるより
むしろ、
喜びなさい!
所属しないということは、
生のもっとも大いなる
体験のひとつだ。
どこにいようと
決してその一部として
感じることなく、
完全な傍観者でいることは、
大いなる超越の体験だ。

アメリカ人旅行者が
スーフィーのマスターに会いに行った。
何年にもわたって
そのマスターのことを耳にしており、
その言葉、
そのメッセージに
深く惚れ込んでいた。
とうとう
彼は会いに行くことに決めた。
マスターの部屋に入って、
彼は驚いた――
まったく何もない部屋だったのだ!

マスターは坐っていた。
まったく何の家具もなかった!
そのアメリカ人には、
家具のない居住空間など
考えることもできなかった。
彼はすぐに、
「師よ、
 あなたの家具はどこにあるのですか?」
とたずねた。
すると年老いたスーフィーは笑って、
「あなたのはどこにあるのだね?」
と言った。
アメリカ人は、
「言うまでもなく、
 ここでは私は旅行者です。
 自分の家具を
 運んで歩くことなどできません」
と言った。
すると老人は言った。
「私もほんの数日間だけの旅行者だ。
 数日後に、
 あなたがいなくなるのと同じに、
 私もいなくなる」
 
この世は巡礼にすぎない――
非常に意義のある巡礼だが、
属すべき場所ではなく、
その一部になるべき場所ではない。
カビールが言うように、
蓮の葉のままでいるがいい。
 
これは
人間の心に起こった
ひとつの不幸だ。
私たちはあらゆることから
問題を作りだす。
さあ、
これはあなたにとって、
途方もない喜びになるべきことだ。
自分を「はぐれ者」と呼んではいけない。
あなたは間違った言葉を使っている。
その言葉そのものに
非難するような響きがある。
 
「独り」という言葉には、
非常な美しさがある。
あなたは孤独ですらない。
孤独とは、
他人を必要としているという意味だ。
独りでいるとは、
自分の中に
完全に根づいているということ、
自分の中に
中心を持っているということだ。
あなたは自分自身で充足している。
 
あなたはまだ、
この神の贈り物を受け取っていない。
それゆえに、
あなたは無用に苦しんでいる。
そしてこれは私の観察だ。
無数の人びとが、
必要もないのに苦しみ続けている。
 
これを別の観点から見てみなさい。
私はあなたに
解答を与えているのではない。
私はどんな解答も与えない。
私はあなたに、
ただ見るための新しい観点、
新しい角度を与えるだけだ。
 
自分のことを、
独りでいられる能力を持った、
独りでいるだけの強さを持った、
生まれながらの
瞑想者だと思ってごらん。
とても中心が定まり、
深く根づいているために、
まったく他人を必要としないのだ、と。
確かに、
他人とかかわることはできるのだが、
それはけっして関係性にはならない。
関わることは、
まったく申し分ない。
ともに独りであるふたりの人間が、
関わることはあり得る。
が、
ともに独りであるふたりの人間が、
関係性のなかに入ることはあり得ない。
 
関係性とは、
独りでいることができない者の
必要性だ。
ふたりの孤独な人間は
関係性に陥る。
独りであるふたりの人間は関わる、
意志を通わせる、交感する。
しかもなお独りのままだ。
彼らの独りは、
汚されぬままだ。
彼らの独りは
まっさらで純粋なままだ。
彼らは峰のようなものだ。
ヒマラヤの峰、
雲の上にそびえ立つ
高みのようなものだ。
ふたつの頂上は
けっして出会うことはないが、
そこには風を介し、
雨を介し、
川を介し、
太陽を介し、
星を介してのある種の交感がある。
そうだ、
そこには交感がある。
たくさんの対話がつづく。
彼らは互いにささやき合うが、
彼らが独りであることは
完全なままだ。
けっして妥協することはない。
 
空に独り立つ峰のようでありなさい。
どうして所属を求める必要がある?
あなたはものではない!
ものなら
誰かのものだ!
・・・
この世の内側の人間になるとは、
迷子になるということだ。
世俗的人間は内側の人間だ。
覚者は
傍観者にならずにはいられない。
あらゆる覚者は傍観者だ。
たとえ群衆のなかにあっても、
彼らは独りだ。
たとえ市場のなかに身を置いていても、
彼らはそこにはいない。
たとえ関わっていても、
彼らは離れたままだ。
そこには、
つねにある種の距離がある。
 
そしてその距離が自由、
その距離が大いなる喜び、
その距離があなた自身の空間だ。
それを、
あなたは自分を
はぐれ者と呼ぶのかね?
あなたは自分を
他人と比べているにちがいない。
「みんなはたくさんの関係を持っている。
 彼らは恋愛をしている。
 彼らは互いに属し合い、
 内側の人間になっている――
 なのに私ははぐれ者だ。
 どうしてなんだ?」と。
 
あなたは無用な苦しみを
作り出しているにちがいない。
私のアプローチはつねにこうだ――
なんであれ神が与えてくれたものなら、
それは自分の魂にとって
微妙な必要があるはずだ、
さもなければ、
そもそも与えられるはずはない。
 
もっと、
独りについて考えてごらん。
独りでいることを祝い、
自分の純粋な空間を祝いなさい。
そうすれば、
あなたのハートのなかに
大いなる歌が湧き起こるだろう。
そしてそれは覚醒の歌になるだろう。
瞑想の歌になるだろう。
それは、
独りある鳥の遠い呼び声になるだろう――
特に誰かに呼びかけるというのではなく、
ただハートがいっぱいで
呼びかけたいがゆえの呼び声、
雲がいっぱいで雨を降らせたいがゆえの、
花が満ちて花びらが開き、
香りが放たれようとしているがゆえの……
宛名のない呼び声に。
自分が独りであることをダンスにしなさい。

・・・

自分が独りでいることを踊りなさい。
自分が独りでいることを歌いなさい。
あなたの独りあることを生きるのだ!

Osho - The Guest


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孤独と愛について

July 10 [Tue], 2012, 4:42


先日、夜の散歩に出てメモした思索。
久しぶりの観想(テオリア)です。

存在の本質的な孤独と、愛についての覚書。



〜・〜・〜・〜・〜・〜

眠れぬ夜は歩く。
淋しさにも似た空白が心に広がって、夜気が空と体を満たしている。
そんな夜は、宇宙に呼ばれるように外に出て、部屋に戻りたくなくなる。
心地好い風に吹かれる夜の道は、どこまでも続いているような気がする。

誰もいないこの時間が好きだ。すれ違う者もない時と場所。
少し高い橋の上から、遠い街の灯を眺めている。
なぜか、これが見慣れた町だろうと、初めて来た異国の景色だろうと、きっと同じ気持ちになっただろうと思った。

あの灯りの一つ一つは、きっとどこかの誰かが関わっている存在の証。
僕らの存在の、本質的な孤独を思う。
普段はわざわざしないのに、ふとここにある何かを残しておきたくなって、書いてみている。

薄く掛かった雲の向こうに、わずかに見えた星がある。
星は、黒いベールに開いた、小さな穴のようだ。
その無数の穴から、向こう側の光が漏れ見えている。

魂は、空から零れた光のようだと思った。
空の向こうは、一つの本質の世界。
僕らの魂は、それらを覗く穴から漏れた、いくつもの小さな光。
互いが離れて光る、同じ源の光。

存在の孤独は、星のように僕らが離れているため。
だから互いの放つ幽かな光を頼りに、その奥深くへ一つに還る道を探している。
お互いを覗き込み、かつて一つであった源へとつながろうとする。

一体を希求する心を何と呼ぼうと、人は心の底からお互いを分かち合うことを求める。
それが乾いた願いとなっても、求め続けるうちには決して辿り着けない場所がある。

愛されることを望み過ぎる者は、愛することが出来ない。
乞い願う心は誰もいない世界に住み、扉が敲かれるのを待っている。

ではどうすればいい?


内から答える声が言う。

「愛は自らを開くこと。
それは与えることによってしか開けない、外開きの扉のようなもの。

そうすることによって、人は自らを宇宙に開き、本質と無限の中心へとつながることが出来る。
そのとき、あなたの中心は宇宙の中心となり、一体となる。

求めることによってではなく、ただ愛することによって愛しなさい。
愛があなたの内から出るに任せて、取引せずに与えなさい。

泉のように湧いて来たものだけを、与えることができる。
無理に汲み出そうとせずに、あなたの本質に問いかけなさい。

心から与えたいと思うもののみを、深く純粋な気持ちから与えなさい。
そうすれば、その心は相手の奥深くへと届くだろう。

己の心に素直でありなさい。
どんなときも、あなた自身でありなさい。

率直にまっすぐでいて、曇りなくありなさい。
誰のためでもなく、あなたの心に誠実でありなさい。

心が曇りを持たず透明なら、あなたの声は、言葉は、誰も傷つけたりしない。
魂の声に忠実であるなら、生命と宇宙の本質はあなたを決して裏切らない。

それが宇宙の理、それが愛だ」


どうしたら愛であれますか?


「愛は自分自身に率直であること。
ウソがないこと。真実であること。透明であること。

わだかまりがなく、まっすぐに表現すること。
そしてそれを失わずに生きることによって得られる。

もう一度、心から開き、愛したいと願うなら、自分を通して受け取るもの、表現されるものを決して否定しないことだ。

あなたが否定してきたものは、すべてあなた自身の一部だ。
目に映るものの一つ一つは、すべてあなたの心を映している。

一つ一つを手に取って、慈しむように愛することができたら、あなたは自分自身への否定や葛藤から自由になれるだろう。
そうすれば、あなたは心の底から、誰かとお互いを分かち合えるだろう。

お互いの中に真実を見つけたとき、互いの奥にある本質が分かち合われ、そこにバランスが生まれる。
宇宙はそうやって調和を育んできた。

あなたがたはそうやって、お互いを知り、真実を分かち合う。
お互いを通してしか、自分自身と宇宙の本質を知ることはできない。

だから愛を求める。
愛だけが、分離しているそれぞれの存在を、一体へと繋ぎなおす道だからだ。

離れていることが、互いを求めさせ、求めることによって、互いを一体へと還させる。
それが宇宙の呼吸であり、ギフトだ。

どうか悲しみではなく、優しい願いとして、あなたが孤独と愛を受け取れるように。
そこから、あなた自身の本質へと還る道を見つけられるように。

いつもここにある愛に、どうかあなたが気が付き、受け取れるように」


            


静かな川面を風が撫でていく。
気がつけば星は薄明に沈み、虫の音がまた響き始めた。
私達は決して、この世界で孤独ではない。


ありがとう。


〜・〜・〜・〜・〜・〜







 
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