2017年10月30日に感じたこと

October 31 [Tue], 2017, 0:00
  • 「まだあげ初めし前髪の 林檎のもとに見えしとき 前にさしたる花櫛の 花ある君と思ひけり やさしく白き手をのべて 林檎をわれにあたへしは 薄紅の秋の実に 人こひ初めしはじめなり …」 今日10月30日は島崎藤村が初恋の詩を発表したことにちなんで初恋の日。 秋の孤悲は一層切なひ。 Posted at 11:33 AM
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2017年10月29日に感じたこと

October 30 [Mon], 2017, 0:00
  • 無条件に受け入れられること以上のギフトはあまりないな。 つまりはそれを自分から与えられたら一番大切な循環を始められるわけか。 なるほど、とてもシンプルでとても難しい。 例えばそれは無垢な赤ん坊の笑み。 しかしそれに至る道は、体験の体積を増やしてエゴの余分を削り取るような砂金採り。 Posted at 07:03 AM
  • 「太陽の方に顔を向けろ。そうすればあなたの後ろに影ができる」というマオリ(ニュージーランド先住民)の諺がある。 苦難から顔を背けるなとも、明るい方を見よとも取れる。台風でお仕事がキャンセルになって戻った駅の本屋で心に留まった言葉。そういう出逢いはきっと何らかの意味を持つのだろう。 Posted at 11:54 AM
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2017年10月26日に感じたこと

October 27 [Fri], 2017, 0:00
  • 「三つのイノチがヤマの中 ヒトリのヒトとヒトリのコドモ ヒトリのケモノ 二者にはすべてが見えていて ヒトリはなにも見えてない」 っていう、超面白そうなコピーの夢を見た。 霧に包まれた畏怖を伴う圧倒的な自然。最後まで客席視点で何が本当か分からない物語。 誰か映像化してくれないかな。 Posted at 05:22 AM
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2017年10月25日に感じたこと

October 26 [Thu], 2017, 0:00

2017年10月24日に感じたこと

October 25 [Wed], 2017, 0:00
  • 本物になりたいなら、本物で「在ら」なければならない。少なくとも成ろうとし続けなければならない。 自分の中にある真っ直ぐな光につながっている場所から目を背けずに、いつもそこを解放し続けていること。そしてそうで「在る」自分を否定せずに、拙くても未熟でもそれを発揮し表現し続けることだ。 Posted at 08:54 AM
  • そういえば自分は物書きで言葉屋で、「本当のこと」を知りたくてそれを伝えて生きたかったのだから、もうサボったり誤魔化したり斜に構えてる場合じゃないと思い出しなんかスイッチが切り替わった。未熟は仕方ないが怠慢は駄目だ。今あるものを出して削られて研ぎ澄ましていくことでしか進めないのだ。 Posted at 09:14 AM
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2017年10月22日に感じたこと

October 23 [Mon], 2017, 0:00
  • 選挙投票行ってきました。雨なのに超混んでた。投票率が下がると多数の利を持ってる自民が有利になっちゃうので、まともな社会を望む人は雨だけど頑張って行こう。あとムサシの開票機械でカーボンを剥離されて票を改ざんされないように、置いてある鉛筆ではなく自前のボールペンで力強く書いてこよう。 Posted at 11:16 AM
  • 雨〜。でも明日は晴れそうなので、毎月第二、第四月曜日の夜恒例の「チャネリングカフェ@五反田」予定通り開催予定です。 いい秋です。今月もはりきっていきましょうー。ご予約ご連絡お待ちしてます。 https://t.co/UzGzhnNayH Posted at 11:33 AM
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2017年10月21日に感じたこと

October 22 [Sun], 2017, 0:00
  • 「やる気」というのは、なんか必要に迫られて頑張った結果に対して生じる、アイドリングの余熱みたいなものなのではないだろうか。そんな気がする。 だから間を置かずにやり続ける、作り続けることが次のやる気を引き出すから、動き続けながら考えたり、試行し続けたりするのがよいのだろうと思う。 Posted at 07:46 AM
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あなたはもう一人のわたし

October 21 [Sat], 2017, 9:53



共感する能力の高い人というのは、その力に比例して逆に自他の間に境界線を設ける能力が高いという研究結果があるそうですね。今回はそんな感じのお話。


珍しく怒りを伴うような苛立つ案件があって、これはどういうことなのだろうとその感情を掘り下げてみていたら、とても府に落ちることがあった。
以下は自身へのメモとして残す内的対話(観想・テオリアと呼んでいます)の覚書です。

結論から言うと、自分を大切にするということは思いの外重要で、それはあらゆる優しさや受容のベースになるスペースを確保することなのだ。
だから適切な境界線を敷くことは、一見相手を拒絶するような、優しさの反対のような線引き行為に思えるのだけれど、実はまったく逆で、適切な境界線を敷き自分の領域を適切に守ることができるという認識こそが、最も優しい存在足り得る必要条件なのだ。


自分が守られる価値のある大切な存在であるという認識はとても重要だ。
それは他者愛のベースになる自己愛を形造り、さらにその人がどのような宇宙に住むのかという、外的世界への基本認識をデザインする。

ともすれば自分の怒りは相手の存在や行為によってもたらされると受け取りがちなのだけれど、心的現象の基本構造は共鳴なので、それは自分が見ている自身(の住む世界)への基本認識を投影したものに過ぎない。
(そしてそれと同じテーマを持った存在との共鳴による共同創造によって現象化したものに過ぎない)

自分が本当に大切で、守られる価値があると本当に信じることができるならば、世界はあなたをそのように扱う。
あなた自身が自分(とその住む宇宙)をそのように扱うからだ。

つまり自分というものの内的世界と、自身を取り巻く外的世界の間には、本質的、実際的には差異はない。
あなたはもう一人の私であり、私はもう一人のあなたである。
私という現象、私を取り巻く宇宙(外的世界)は、私自身の信じる私への価値と扱いの反映だ。

私を不当に扱い、その価値を尊重せず、侵食侵害する者が現れているならば、あなたは自分自身を実際にはどう扱っているのかを知ることができる。
だからそのような存在が現れたなら、それは自身に対する適切な価値と、エゴからではない本当の自己愛を表明するチャンス(あるいはチャレンジ)だ。

自身の内的宇宙に対して深い愛と受容に至るならば、私たちは外の世界に対しても同質の理解と愛を得ることができる。
そのとき与えることと受け取ることは本質的に同じことになる。

自己と他者という境界線が必要なくなることが愛の本質だ。
内側も外側も同じものだという理解が、自己と他者に対する受容と愛を生む。

適切な境界線を敷くことが、境界線の必要ない世界を創るための始まりなのだ。









 

2017年10月19日に感じたこと

October 20 [Fri], 2017, 0:00
  • 明日金曜日は新宿出張の日。気持ちのいい秋の季節なので雨止むといいけど。 最近ホームページ周りを色々更新していて、今さらながら新宿店用の予約フォームが欲しいなと思い立ち、合理的には同じサーバー内で組むべきだと観念してワードプレスの勉強を始めた。まだ当分作業の日々は続きそうだなぁ。 Posted at 04:36 PM
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2017年10月18日に感じたこと

October 19 [Thu], 2017, 0:00
  • 結局徹夜して迎えるこの朝の日光の美しさよ。仕事とはいえ一晩中起きて創作活動に没頭する夜の静けさの何という愛しさ。自分が夜に属しているのを久しぶりに思い出した。朝が来たから少し寝るよ。 https://t.co/zz9SWK1iWR Posted at 07:49 AM
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ヒーリングスペース 旅人の樹 主宰
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