お金のからくり



小室哲哉氏が詐欺で捕まったそうですね。

有能な人だったのに残念です。

午前の仕事の後、チートスを食べながら、昼下がりにぼんやりそのことについて考えてたら、唐突にお金のからくりについて理解が降りてきました。


つまりお金を「持っている」人はいないんだなぁと。

世界中を廻る川の流れのような、膨大なキャッシュフローの流れの中で、私達は一時自分達の下にやってくる、流れの一筋を手にしているだけで、その手元で認識できる流れの範囲、見えて扱える範囲が大きく、かつ手元のフローが現在存在している人を「お金持ち」と呼んでいるだけで、実際にはそれも、束の間手元に掬った水の如く、いつか留め置けない流れに返すしかないのだから、それを「持っている」人はいないのだと分かったのです。


もともと、お金というのはあるエネルギーに対して、(労働、気持ち、物、etc)目に見える共通の価値基準を位置づけた「合意」でしかないわけだから、実際には存在しないのだけど、多くの人が、恐れを鎧うため、あるいは自由の保障等のためにそれを溜めておきたいと考えるので、実在しているように見えている。


で、実在があるというように認識してしまうと、手元の実量に目が行って、流れが見えなくなってしまうのだけど、実際に私達が見ているのは入っては零れ落ちていく、手のひらの中のある流れの一部でしかない。


ということは、手元で認識できる流れの範囲、見えて扱える範囲がどのくらいのレンジあるのかというのが、実際に動かせる個人のキャッシュフローになるわけだから、お金がどのくらい自由になるかというのは、実際の今手元に存在するお金の量とは関係なく、本当は単に意識の焦点距離の問題なんだなと。

それでお金持ちかどうかというのは、本当に意識の差なんだというのが実感できました。


波はありますが、常々、お金に関して思っていることがあります。

「私は、たまたま今、手元にお金のないだけのお金持ちだ」



そう思っていると、不思議とお金に困らないのです。

確かに手元にはいつもそんなにないんだけど、それでほしい物や生活に困ったことはないのです。

必要なフローが必要なときに必要なだけある、というのが、私の目指す身軽な生活なので、今はこれでいいかなと思っていたのですが、もっとフローレンジ(流れの扱える幅)があればできることも確かに大きくなるよなぁとも思ってます。


めんどくさいのはやだけど、そろそろ大きくしてかないと、全体の変容に間に合わなくなっちゃうかなぁと。

個人レベルの変容はもう今年くらいでいい加減卒業して、社会的なお仕事もしていかないと。


んー、迷わずに遠くを見据えて進んでいきたいものです。

毎日本当にありがたい。



ありがとう。











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