彗星の夜


彗星が来た夜、海岸で火を焚いた。
十月生まれの仲間たちの誕生日を祝うポットラックは夜遅くまで続き、就寝を告げられることのない子供たちのはしゃぐ声は、夜の闇に途切れることがなかった。

重なっていく美しい島の夜を、この子等は覚えているだろう。
大人たちの柔和な話し声を炎の陰に眺めながら、始まったばかりの秋風が触れるのに任せていた。

喜びや幸せはきっとこういう風に積もっていく。
溢れるものと静かなものが胸に満ちる夜だった。


その晩は何かいつもと違う夢を見た。
螺旋の一つ上がった世界のように、目に移るすべての人の、一番深くて美しい質が見える、そんな夢だった。
それほど長く眠ったわけでもないのに、未明に目が覚めたので、夢の中で聞いた言葉を今書き留めている。

「自分から見える相手の、最善の質を見ることを通して、"個のない彼我"に触れることが出来る」

どういう事だろう。
大切な言葉を聴いた気がして、眠い眼を擦りながら咀嚼している。

私達は渡ってしまったのだろうか、あるいは一つ上の螺旋が始まったのか。
"個のない彼我"とは何なのか。
それはまるで地球の総体意識や、彼岸の様にさえ思える。
あるいは縄文の頃の、全てが繋がっていた頃の意識ネットワークを指すものなのか。

夜が明けてきた。
海を見に行こう。
思考では辿り着けない場所を探すのに、部屋の椅子の上に居てはいけない。

彗星の置き土産を、今は子供のように開封しよう。







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