空と大地と祈り





ここ二週間ほど、とても苦しいことや悲しいことが続いて、ご飯もあまり食べられなくなったり、とても大切な人と離れてしまうことになったり、いろいろ大変でした。

でもとても大事なプロセスの最中だと自分では分かっているし、全て必要なことだとも知っている。

すべて自分で蒔いた種だし、みな自分で刈り取らねばならぬこと。



その過程でいろんなことも分かってきたし、理解が進んだりもしました。

まだまだ、たくさんの課題が残されているけど、全部受け止めて前に進みます。



とても苦しくて、辛かったとき、自分が独りで何処にもつながっていないと感じたとき、友人から電話がきました。

その人は、この春にとても辛い別れを経験して、心から愛した人と死別して、その悲しみを乗り越えようとしています。



「悲しみは薄れたり忘れたりするんじゃない、ただ慣れるだけ。

あなたが愛した人は生きているんでしょう。

生きていればまた会える。

取り返しのつかないものは命だけだよ。

きっとそれも大きな流れの中で起こること」



生きているということ。

それがとても響いて、なにかから救われました。

小さなものや、目の前のもの。表面的なものばかりにとらわれて、もっと大きなものが見えなくなっていた。



自分の汚さや、弱さや怖れや痛み。

逃げ回っていたことや、必死に隠してきたこと。

そういったものと真正面から向き合って解き放つ時期にいることが分かります。

もう引き返さないし、遅すぎた感もあるけど、それでもやるべきことをもう先には延ばさない。



手放すことはとても怖いことのときもある。

何かを失ったり、もう何処にも自分の場所がないと感じたり、生きることに意味や価値を見出せなくなったり。



もうやめようって思った。

こんな輪廻ここでやめよう。全部見て、受け止めて、解き放とうって思った。

大切な人をもう傷つけたくないし、ちゃんと自分のためではなく、その人自身を愛せるように。





ずっとなにかに苦しんだりしてたけど、今日ひとつとても楽になることがありました。



そんな状態でも仕事はあるし、責任あることなのでちゃんとこなします。

一つ大きなセッションを終えて、外を見ると夕暮れで、薄く雲がかっていても空が見えていて、風がとても心地よかった。



家にずっといると、こもっておかしくなりそうなので、散歩に出ました。

日が長くなったなぁって思いながら河原まで。





白詰草や短い緑に大地が覆われて、広い河原にだんだん薄れていく夕方の光。

初夏の風の名残と、柔らかい時間が流れていました。



すごく気持ちよかったので、草の上に寝転んで、空を眺めていました。



今日はあんがい雲が低いな。

草の匂いがする。…ニュージーランドのと同じ匂い。

いろんな音がする。鳥、虫、水、車、風…

もう月が出てるんだ。



空、おおきいなぁ。

最近ちゃんと空見てなかったな。

ずっとここにあったんだよなぁ。

土を背に空を眺めるってずいぶんしてなかったな。

前はしょっちゅうしてたのに。

余裕なかったのかな。

すごく気持ちいいなぁ…。いつかあの人も連れてきてあげよう。



いろんなことが頭の中を通り過ぎていって、ただ感じるままにいたら何かがひらきました。





あぁ、そうだった。

これだけでいいんだった。







空と大地と、その間の存在。

自分というものってもっと大きなものの一部だった。



背中の下に大地を感じる。

大空の下で、ただ在るということ。

生かされてる。



視界いっぱいの空を眺めて、背に当たる大地を感じて、胸に手を当てると、鼓動が聞こえる。すごくはっきり。

大地と空と、生きている証。



空も大地もずっとそこにあって、私も変わらずここにいて、生きている。生かされている。



星を見るのが好きだった。

宇宙とその中にある自分を、同じものとして感じられたから。

空を眺めるのが好きだった。

変わらないものや、大きなものを、いつも思い出させてくれたから。

草の匂いをかぐのも、花も土も風もずっと好きだった。



草木のそばにいたいと思って、花の仕事をしたし、この星や愛する人たちを癒したいとおもって、ヒーリングを仕事にしたんだった。



この星の全て、この世界の全てを自分は心から愛しているなと思った。

すごく嬉しくなって感謝が湧き上がってきた。







ありがとう



ありがとう



ありがとう・・・







すごく深い感謝が溢れて、心から祈った。





もう僕のこと全部、神様(大地や宇宙や世界の全て)にあげます。

持っているもの全部、手放して神様にあげます。

自由に使ってください。

あなたのためにつかってください。







起き上がっても、深い感謝がずっと胸に残って暖かいまま。

楽になった。小さな自分のことを手放したら、なんだかとても軽くなった。

胸にあった大きなことが、今はとても小さい。



自分のために悩みすぎだったね。

もっと愛するもののために生きよう。

簡単なこと。

ただ感謝して生きよう。





人の理性や意思でコントロールできることなんて、たかが知れている。

もうゆだねて生きよう。どうなってもいい。

ちゃんと宇宙を信頼しているから、きっと一番いいように動かされる。

導かれるまま受け取って、感謝して生きる。

それだけでいいんだ。

考えてもしょうがないことは、ゆだねるだけ。

愛をもって、感謝して、自分が必要だとおもうこと、大切だと感じることを表現していけばいい。



大きなことも、目の前の一つ一つも、ちゃんと見て、受け止めて、手放すだけ。

そうしたらきっともっと自由になれる。

自由になって、心から笑える気がする。

まだはじまったばかり。



きっと人生は螺旋みたいに、なんども行ったり戻ったりするけど、それでも前の自分より、今の自分は前に進んでいる。

きっと立ち止まってもいいし、振り返ってもかまわない。

でも前に進みたいと思う意思があれば、戻らないですむ。



これでいいんだって思えるように、後悔しないように、正直に。



独りだと思っても、すっごくたくさんのものや人に支えられているし、甘えてるだけで、すごく恵まれてるのも知ってる。

だから今度は何か返していけるといいなぁ。

たくさんのものを受け取ってきたから。



大きなものや、小さなもの。いろんなものにありがとう。





心から、ありがとう。









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