…っく
書きかけの日記が消えた。
負けるものか、こんなことで負けるもんか。
立ちはだかるなら何度でも乗り越えるまで。
そんなわけで毎日書くシリーズ更新中です。
この一連のシリーズ、思考とアウトプットの記録を何か分かりやすくまとめられないかと思案して、通し番号を付けてみることにしました。
たしか、こういった思考の在り方みたいなものにいい名前があったなぁと思って、記憶を検索したところ、素敵な名前を思い出しました。
「観想(theōria)」
テオリアって言葉の響きがとても綺麗で、いつか何かに使いたいなと学生の頃に思ったのです。
※詳しい意味は以下参照(出典・デジタル大辞泉)
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かん‐そう【観想】
1. 仏語。特定の対象に向けて心を集中し、その姿や性質を観察すること。観念。
2. そのものの真の姿をとらえようとして、思いを凝らすこと。「人生を―する」
3. ⇒テオーリア
テオリア
〈見ること〉〈観照〉〈観想〉を意味するギリシア語。
テオーリア【ギリシャ theōria】
《眺めることの意》哲学で、永遠不変の真理や事物の本質を眺める理性的な認識活動。アリストテレスは、これを実践(プラクシス)や制作(ポイエーシス)から区別し、人間の最高の活動とした。観想。
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大げさだな。
でも、こういう大げさなの好き。
そんなわけで今日の言葉は「観想(theōria)6」
観想(テオリア)6
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海から吹いてきたような湿った風が心地好い、夏みたいな一日。
外を歩いていたら、街路樹の下の紫陽花たちが開きかけていました。
淡いやさしいペールブルー。まだ染まりきれていない始まりの青。
無邪気に信頼しきって、まったく疑いなくいきいきと準備をして。
生まれたばかりの花なのに、どうしてこれから来る光の季節を知っているのだろう。
どうしてあなたたちは、そんなに疑いなく無邪気でいられるのかな?
”なぜだと思う?”
愚問でしたね。生命は疑うようには創られていないということですか?
”疑う必要はないのだよ。彼らは彼らの存在を意図した、源の意思から生まれたのだから。
知っているのだ。自分がここにいるわけも、与えられるべき恵みのことも。
そもそも生命は、生きるために保障を必要としない。
もしその個体になんらかの理由で死が訪れても、そこには事実以上の理由を必要としない。
生きることに保障を求めるのは、生きることが外界を変えることで操作できると思うからだ。
この小さな花が、無邪気に咲き誇ることができるのは、自分の根で大地とつながり、自分の意思で生きているからだ。
この花は世界を変えようと願うだろうか。
植物は自らが与えられた場所を選べない。
選ぶということすら観念にない。
(観念はないが意識はある。観念は体系化された意識の活動の一部だ)
植物の生きる理由は、自身の生命を生きること、輝かせることだ。
それを通して、この星に生命の輝きを満たすことだ。
それこそが、最大の理由だから、迷う必要がない。
与えられたものを選ばず、その中で最大の輝きを放とうとする。
純粋な生命の意思から出た輝きだから、その美しさは他の生命と共鳴する。
だからあなた方の心にも届く。
他の生命には心がないとでも思っているのかな?
心とは体系だてられた精神活動のことを指すのではない。
存在の場、意識の波動、生命の場そのもののことだよ。
あなたにも花にも生命に違いはない。
別な形、別な側面を与えられているだけだ。
同じ存在の波動、生命場が、花もあなたも星も銀河も形作っている。
それが宇宙の基本的な構造のデザインだ。
他の生命を愛するときに、生命場同士の共鳴は起こる。
その小さな花が美しいのは、あなたを含めたより大きな生命場のすべてに向けて、この花が命を歌うからだ。
つまり意思ある波、振動だ。
生命自身を輝かせる営み自体が、他の生命に向けられた愛なんだよ。
それが共鳴だ。張り巡らされたクモの糸のほんの一部が揺れても、その振動はネット全体を細やかに振るわせ、光を反射させる。
最大の生命場は宇宙自身だ。
あなたの想像を遥かに超えて、この宇宙は精妙な意図と意思が働いている。
その一部である生命は、その大きさを問わず、自らを輝かせる潜在力を秘めている。
奏でなさい、あなた自身を。
疑うことなく、咲くことを恐れずに開きなさい。
与えられる光を信頼して、適切な時に向けて準備をしなさい。
あなたが恐れを抱かずに、自分を輝かせるとき、それがあなたが他の生命に与え得る最大のギフトになる。
小さな紫陽花の蕾に、あなたが目を向けたように、その「花」が開くのを楽しみにしているのは、あなただけではないのだよ。
ありがとう。
愛してるよ。 ”
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