宇宙の風に乗る


明るい光が差して、鳥の声がする朝。
昨日クジラの話を聞いた。

渡り鳥、クジラや鳥、星を廻っていく者たちがいて、彼らは星の循環系だ。
遠くから来て、また遠くに戻ってく。
それは一つの大きな命の呼吸や血液みたいなもので、流れの中で自分が個として存在して、その上でもっと大きな命の一部として機能している。
生き物はそういう自分の意図を超えたところに存在している役割を担っている。

生命の基本構造は入れ子状の多重構造の意識磁場だ。
少なくともこの文脈では意識と磁場は同じものとして扱う。
内磁場が外磁場に内包されている状態、そして外磁場によって内磁場が無自覚にコントロールされている状態の多層構造が生命の基本的な仕組みだと教わった。
詳細は省くが、これは昔オリオン系の宇宙人から学んだ方の宇宙哲理からのシェアなので、地球の現行の知識ではないものだ。

例えば人間の中には小さい微生物や細菌がいて、彼らは彼ら自身の意図や意識を持って生きている。
それはもっと大きな人間という別の意識体、別な生命体の一部として、その役割の一部を担って機能している。
宇宙にはそういう命の基本構造として存在する外側の意識体、外側の磁場というものが存在している。

例えば地球と人間は、人間と赤血球の関係に似ている。
あるいは人間と人間の中の腸内細菌、体の微生物との関係と似ている。
実際人間の体の90%は微生物で構築されているそうなので、命は命によって作られていると言っていい。
そういった命の重なり、入れ子の構造の中で、それぞれの生命体が果たしていく役割は実は自我を超えたところでつながっている。

よく言われるところで、鏡(カガミ)を見て、我(ガ)をなくすと神(カミ)になるというのと同じだ。
本当は私達は神様(すべてであるもの)なのだけど、我が入ることで自分自身を世界に映してしかものを見られなくなってしまう。
実はそれこそが神様の意図したプロセスで、我があることによってお互いを別なものとして見ることができるようになる。
宇宙が自身を体験するための合わせ鏡の秘密なんだと思う。

この春分以降、我を超えて源に回帰する力が強まっている。
クジラや渡り鳥が、自分の命を通して地球をかき混ぜて、地球自体の大きな流れの一部に寄与してくれたりしているように、人間の中の命として、動物としてもっと大きな地球の一部として生きている部分が拡大しているように感じる。

形のない巡りと流れの中で、自分の意識を超えた役割を引き受けるときに、人は自分自身の力と可能性を大きく引き出すことができる。
自分を与えることができたときに進んでいく力、受け取る後押しの追い風のようなもの。
その風を帆に受けられるようになるためには、自分自身が正しい方向を向いているという必要がある。
その風はおそらく理屈や理性ではないところで引き受けていくことだ。
自分の意識、直感や感覚、本当の気持ち、自分のナビゲーションにちゃんと開いていること。
スピリットの持っている喜びに向かう力は、正しく風を方に受けるためのナビゲーションとして働くから。

いつだってそういうものが私達の生命を前に進ませてきた。
その力は宇宙をめぐる風だったり、命そのものが持っている大きな構造体の一部としての役割に立脚しているから、これを見失わないようにしないといけない。

シンプルになると、考えすぎずに物事が進むようになる。
考えてうまくいかない時というのは往々にしてあるのだけれど、そういう時ほど自分の我をどれだけ手放せるかということが大切になる。
そこを受け取ることができると神様の一部になれる。
直感とつながって生きられる。

先程ちょうど八年前に元町(横浜)にいた頃、厳島神社で撮った猫の画像が出てきた。

その通りだなと思う。
自分の中に神様を感じるための生き方はきっと猫みたいな感じだろう。
我と自然の中庸を生きる。
鳥やクジラのように、自分を超えて世界の一部として生きる生き物になりたい。

我を超えたところで生まれるものは、普遍的な力を帯びて命に届く。
宇宙に届く、貫いていく大きな風として機能する。

そういうものを引き受けていけたら、きっと美しい世界の一部になれる。






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