楽譜を読めないままピアノ即興演奏をする方法


日本のピアノ練習法はやる気と才能を潰すという記事を読んだ。
(ピアノに限った事ではないが)

まぁ、そうだろう。よく分かる。
小学生のときピアノを習って3日でやめた。
あー、こりゃだめだと思ったのだ。
これは多分練習方法と先生が悪いのだと、自己肯定感の高い幼い私は思っていた。
そしてその直感は正しかった。

大人になって、リサイクル屋で電子ピアノを買った。
とても良い音のする良品だった。
ピアノが弾けるようになりたかった。
既存のやり方で出来るようになる気がしなかったので、自分で考えた。

ところで20世紀最大のチェリストと評されたパブロ・カザルスという演奏家がいる。
彼の著作の中にあるエピソードに惹かれた。
彼は毎朝、起きると必ずピアノでバッハを二曲だけ弾く。
それ以上の朝の始め方はないと言う。

なら自分も二曲だけ、何か好きな曲を完コピしよう。
それを毎朝弾けるようになろうと思った。

一曲目に選んだのは、思い入れのある映画【秒速五センチメートル】の挿入曲"想い出は遠くの日々"


 


なかなかの難曲だ。
初めてに選ぶ曲ではない。
が、出来そうなことだけ選んでいたら何かが出来るようになったとは言えない。

先生も重要だ。
道楽に付き合ってくれる酔狂な人でなければならない。
真面目ではあってもマトモ(真当盲)であってはならない。
つまらないことを言いだすからだ。

心当たりが一人いた。
奇しくもチェロを弾く友人だった。
ヒーリングの交換セッションを条件に快諾してくれた。
ありがたい。

まずこの曲が弾きたいと伝えた。
彼女は翌週、耳コピした曲を、私が弾きやすいように譜起こししてきてくれた。
友人が弾くピアノの一音々々を、後ろから観察した。

一音々々の運指とその順番を見て覚え、弾く。
代わる代わる、観察しては交代して、弾く。
これを延々と繰り返す。

私はピアノを勉強したいのではない。
ピアノを弾きたいのだ。
主体は私でなければならない。
これを損なうと、途端につまらなくなる。

だから非効率でも、自分で思うようにやる必要がある。
無駄や非効率から学ぶことの方が多いからだ。
結局は、体で覚えたことしか身にならない。
こういう場合、頭は体の付属物である方がいい。
いかなる練習にも通用する金言がある。
"考えるな、感じろ!"


毎週の音遊びが何ヶ月か過ぎた頃、私は楽譜を読めないまま、既に幾つかの曲をコピーし弾けるようになっていた。

すると段々色々なことに気がつくようになった。
例えばある音の連なりの次に来る音の組み合わせには、いくかのパターンがあるとか、ある順番で和音を弾くと、心地好さや切なさを演出出来るとか。

それにしても白鍵と黒鍵の組み合わせが多すぎる。
それに決まった組み合わせでないと気持ち悪い音が出る。
これでは覚えきれない。

しかも一つの曲の中で全ての鍵を使っている訳ではない。
せいぜい半分くらいか。
ということはそもそも自分の弾きたいスタイルを作るのに、そんなに沢山の鍵は必要ないのでは?

よし削ろう。

まず白鍵だけの組み合わせでは、ところどころ気持ち悪い音が出る。
しかし黒鍵だけ使う時はあまりそれを感じない。(ペンタトニック?)
ならば黒鍵だけで演奏したらいい。
ただ黒鍵だけだとちょっと少ないから、間のシとファは白鍵を入れよう。
これでだいたい良い感じにまとまる。

メジャーとマイナーの違いも煩わしい。
違いは間の一音が上か下かだけのことらしい。
よし、それも省こう。
ドソドとか、レラレとか、始まりと終わりをオクターブ違いにして、真ん中を五度違いだけで三音の和音に限定したら、メジャーもマイナーも同じ運指で弾ける。
これでやりたいことはほぼカバーできる。

あとは左手をオートメーション化するために、良さげなコード進行をいくつか覚えて組み合わせる。
後に知ったけど、カノンコードとか小悪魔コードとか、小室コードとか、代表的なコード進行には名前が付いているらしい。
気に入った曲のコード進行を、私の黒鍵だらけのキーに当てはめる。

左手の簡易コード進行をオート化するまで体に染み込ませたら、右手のメロディを同じキー(黒鍵+ファとシ)でそれに乗せていく。

即興演奏の完成だ。

あとは感じるまま弾けばいい。
最初は好きな曲をそのキーに変換して弾いてみる。
合いそうなコード進行を試す。
心地好い組み合わせを探る。
すると段々と使える手駒が増えていく。

やがて、自分の音が生まれる。
自分の歌を楽器を通して奏でられるようになる。

しかし思うに、即興演奏というのは自分が楽器を奏でることではない。
楽器が私を通して歌っているように感じる。
だから良い楽器に出会うと、生まれる歌が変わる。
それゆえ即興演奏は、一人でもセッションなのだ。


かくして、私はピアノで歌う声を得た。
自由に歌うにはまだ程遠いが、それでも歌えることの喜びは素晴らしい。

カザルスに倣って、毎朝二曲弾く。
一曲は"想い出は遠くの日々"
もう一曲は即興曲。
毎朝生まれてくる曲も音色も変わる。
それでその日の自分が、どのくらい世界と調和しているかが分かる。

即興演奏は、楽器を通して自分と調和すること。
自分と調和することは、世界と調和して在ること。








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