先ほど作った明日の野生の花束ワークショップ用の試作
本日のピアノ予報より抜粋
「おはようございます。2025年3月18日です。
美しい夜明けです。小さな宝箱を開けたような、そんな祝福。
世界に対する小さな祝福が詰まっているような、そういう自分の中の小箱を開けた時にあふれてくる優しい思いとか、そういうものが世界に少しずつあふれていくような、そんな小さな箱を開けるような日ですね。
その箱はきっと、自分が集めてきたものや受け取ってきたものが、自分の幼い頃からずっと蓄積してきたようなもので、その中にはきっと見たくなかったものや、受け取りたくなかったような、そういう悲しい思いとか、そういうものもきっと入ってたりするのだけれど。
そういうものって、いつか熟成されていく。
箱の中にね、置いておかれるうちに、いつの間にか清められて、透明な一つの宝石の一つに帰っていく。
そぎ落とされた痛みがやがて美しい結晶になって、砂のように積もっていって、それはいつかその人の小箱を超えて溢れて世界に戻っていくから。
そういった自分の美しかった思いや大事にしたかったもの、あるいは届かなかった愛、そういうものを丁寧に丁寧に受け取って返していく。
空に返していったり、あるいはこの世界に還元して戻していったり。
自分が与えられるものは小さいものかもしれないけれど、誰かが心から望み生まれたもの、愛から生まれたものは沈まない。
必ず遠くまでいつか届く力を持つから。
自分が本当に願った場所へ、そういう気持ちを込めて送り出した時には、この地球や宇宙を巡って、いつか必ず届くんですよね。
そういうものを信じて送り出したいような、そういう朝です。
自分の真ん中にあるもの、特にその優しい気持ちや人を思う気持ち、そういう何かのため、誰かのために生まれた力というものが、いつか自分の真ん中にちゃんと据えられる。
蓄積されて積み上がってきたものが熟成されて、別な何かに代わって溢れ出すとき、入ってくるものを許した時に生まれる新しいバランスが、やがてその人の新しい個性を作っていく。
最初に麦だったもの、葡萄だったものが樽の中で染み込んで熟成していくうちに麦酒やワインになるように。
樽の蛇口から外に溢れてくる時には、もう全く別なものになって、そしてそれは誰かにとって価値のあるものを作り出す力になっている。
そういう熟成によって生じた変化が誰かのギフトになる。
それに気づくということ。
自分の中にあったものが、もう熟成されて届けられる形になったっていうことに気がつくということ。
そしてそれをいよいよ樽から出して、何かの瓶に詰めて、どこかにあるいは誰かに届けるということをきっと始めるのかなと思います。
それぞれのタイミングで受け取ってきたものを、ちゃんと自分の時間と思いと色々なものがそこに圧縮されて、その圧力が作り出す熟成が別な何かのギフトを作る。
そうやって宇宙が廻っていく。
色々な形、色々な材料、色々な思いが、一つの樽の中で別な何かに変わって、その小さな箱から溢れ出して、透明な美しい細石の砂になったような宝石たちが、世界を別な形に変えていく。
そういうことを許せるといいんだろうなと思います。
いつもいつまでもゴツゴツした塊のままそこにとどまっているもの。
それは怒りだったりとか、時には恨みだったりとか、罪悪感だったり。
自分を傷つけるようなネガティブな思いがあったとしても、それは磨かれていく中できちんと宇宙を構成している一番小さな構成要素の砂に戻っていく。
それは気の粒子だったり、あるいはその質を持って愛って呼んだりするものかもしれない。
僕らがそういった一番細かい砂にまで戻っていく時に生まれていく力というのは、本来僕らが宇宙から持ってきた命の力であったり、魂や思いの力であったり、そういう大きな意志に導かれた次の世界を作る材料だから。
それはきっと誰かの中に同じものを作り出す共鳴現象を起こす。
自分の中の最も細かい砂になった、あるいはもう熟成されて、削ぎ落とされて、丁寧な何かに戻っていった小さな力。
そしてそれが集まって生み出す大きな景色っていうところに意識を合わせて進んでいきましょうというような、そんな日です。
祝福ですね。多分そういった削ぎ落とされていく思い、忘れてしまうことというのは祝福なんだと思います。
自分の中に積み上がっていたものをいつまでも握りしめていて、それがゴツゴツした痛みを伴う形のまま持ち続けることもきっと人はできるけれども、どこかの段階でそれを砂に返して、そこにあった美しかったものだけを戻して、送り出していくことができる。
そうやって僕らの中に生まれるスペースは、新しい風や、他の誰かが世界に流したあの解き放った新しいきれいな砂を自分の中に取り込んでいくことができる。
そういう大きな呼吸とつながりの中で、僕らは生きていけたらいいんだろうねと思います。
新しいものと自分の中にあるものがつながって、呼吸で一つの宇宙につながる。
コミュニティでもネットワークでもなく、ただあるがままそこに共鳴している砂や水の波紋のようにつながり合い、その世界の一部であることできたら。
そこに自分の一番透明な波動を加えることができたら、この新しい周波数、新しい祝福された世界に参加できるような、そんな気がします。
自分の振動数をやっぱり意識して生きる、そこに対して責任をちゃんと持つこと。
自分が何を受け取って、何を出しているのか、自分の呼吸に気づいていること。
そういう日々の中に生まれてくる優しさや透明な気持ち。
愛しい何かの思いというものを世界に送り出すときに、自分が受け取る世界はその同じだけ細やかな砂を取り込むスペースを自分の中に作るから。
やがてそういう世界に自分が参加して、同じものを見れるようになっていくのかなと思います。
どちらを向いているか、自分の向いている方向をちゃんと自分が決めるっていうことがきっと大切なんでしょう。
そういった自分の振動数に対して、きちんと細やかさを世界に送り出していくことを意識する。
そこに責任、というより優しい思いを加えて、世界を前よりもほんの少し良いものに作り変えていけたらいいなと思います。
そんな感じかな。では今日は3月18日。
祝福された一日を喜びの中で在ることができますように。
皆さんにとっても素敵な一日になりますように。
ありがとうございます。」
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