春分のメッセージ


今日のピアノ予報より
  (その日の世界の振動数をピアノ即興曲に落とし込み、FacebookLIVEにて解説しています)


「2025年の3月20日です。
今日は大きな大きなポイントですね。
ここから始まる三年間は、おそらく人類の歴史を大きく変えてしまうような、そういう転換点になるであろうと思っております。

僕の直感というか、チャネリング情報で受け取っているものではですね、今後過去200年を超えるような飛躍が、多分ここからの数年で起こるだろうって思っております。
それは人類の集合意識の進化であるとか、まあ適応なのかもしれないけれど、大きな地球のバイブレーション中の、銀河全体の進化の波の中で今やってくる新しい夜明け、目覚めです。
この星のバイブレーションはもう変わってしまったのだけれど、人類の目覚めに関しては、おそらくこれから始まるであろう時代はとても大きな意味を持つでしょう。
大きな飛躍の本当に直前、夜明け前ですね。


まさにこの時間、まだ薄明が残りうっすらと白んでいる。
鳥や虫や一部の動物たちはもう起きているけれども、多くの命がまだ夜の、夜陰の名残を布団かぶるようにまだ眠っている、そんな薄明かりの時間です。
薄明のこのほんのひと時の静けさを、まだ僕らは眠りの中で受け取っている。
そしていよいよ明けていきます。

春分から始まる大きな流れというものが、否応なく僕らのお布団を剥いで、薄明を剥いで、夜明けが始まる。
眠っている人々にとっては布団を剥がれてしまうような、そういう少し暴力的にも見えるような変化が起きる可能性はありますけれど、それでもなおこれは大きな始まりです。
それはどこに向かっていくのだろうっというのを感じながら、着実に始まっていくこの日々をちゃんと受け取っていくということ。

今日のバイブレーションを感じた時に、寂しげというか、母親が遠くに行ってしまった子供のような、そういうちょっとした寂しさや悲しみや痛みを伴っていました。
自立ということなんだと思います。
小さな子供が、自立して歩いていく。
六歳ぐらいの子供が光の中に歩いていくシーン。

その小さな子供が光の中に向かって歩いていく後ろ姿。
振り返りながら、そこに見守っていた光の中のお父さんやお母さん、そういうものがどこかでもう自分とは切り離されていくような、そういう自立に伴う痛み。
そしてそれでもなお、深い大きな祝福と光に迎えられて、その暖かさの方へ歩いていく。
そういう始まりの朝に大きな祝福に迎えられて始まっていく、次の新しい時代というものを感じます。

これは一日の始まり。だけれどもっと大きな銀河の新年の始まり。
地球とそのバイブレーションが受け取っていくであろう次のサイクル、もっと大きな螺旋の一部として迎える門出、新しい流れです。

そこに対して受け取っていくものを、僕らはちゃんと胸を開いて、心を開いて受け取る。
不安があったとしても、それは小さな子どもの持っている不安と同じようなもの。
それでもなお、遠くを見て歩いていく力。
溢れる強い光が、もう疑いようのない出口を示していて、そっちに迎えられていく。
そんな力が働いています。

多分、僕たちが今いるのは、大きな子宮、地球の子宮なのかな。
もっと大きな意識の子宮から、外に出ていく。
赤ん坊にとってはその産道の外、外の世界の光はきっととても強いのだけれど、それでも自分の頭をひしゃげて、体を捻って、踠きながら生まれようとする力は、単に押し出されるだけではない。
自分の意思で産道を潜り抜けて、あの強い光の方に行ってみたいという大きな衝動に突き動かされたものであったはずだから。
その赤ん坊が願った世界は、僕らが今いるのは多分そういう場所です。

暗かった世界に対して圧倒的な光を、自分の魂が持っていることに気づいていくこと。
そしてそれらが導いていく、圧倒的に明るい何か。
そういった次の振動数、次の世界の形を僕らのスピリットは知っている。
そこに焦がれて、そしてそれに引き出されるように、導き出されるように。
土の上に発芽した芽が太陽を求めて伸びていくように、土の中の虫たちが春の暖かさに誘い出されてくるように。
赤ん坊が強い光を求めて生まれる、その時を迎えるように。
この新しい時代の新しい変化、銀河の大きな渦と新しいバイブレーションの波の中で。

もう僕らはそういう、あえてこういう言葉を使いますが、人類の覚醒の時代に入るんだろうなと思います。
そんな銀河新年の始まりです。

置いていってしまうものや、子宮の羊水の温かさを振り返ると生じる別離の悲しみ。
分かれていくものがあります。
スペクトルが分光していく時に開かれていく光の帯たち。
これまでは虹の中で一緒に暮らしていたものが、本当にそのスペクトルが分光していく時に開いて切り離されて、もう同じバイブレーションではいられなくなっていく。
次のバイブレーションに移行していく時の引き裂かれていく痛み。

布団が剥がされていく痛みなのだけど、否応なく、新しい世界、新しい光、新しい空気に触れて目が覚めていく。
そういう大きな変化が必然的に始まります。
始まりの朝の中で目が覚めた人々はもう動き出している。
そんな夜明けです。

春分点というのは古代より、一年の始まりっていう意味合いが大変強いです。
昼と夜の長さが同じになる起点、陰と陽が混じり合って統合される中心の時間。
ここから始まるバランスが次のバランスへ導いていく中庸点、支点になる場所です。

始まっていく力を信頼して受け取っていくこと。
そして僕らが自分の足で歩いていくこと。
その自立独立に伴う別離の痛みをちゃんと受け入れていく。
でもそれは新しい場所に向かうための祝福だから、それを知っていること。
それが自分を支えてきた羊水の温かさ、母親の手を離して自立して歩いていくということ。

個人の自立や目覚め、そしてもっと大きな人類と地球の意識が揺り動かされて始まる、新しい時代の幕開けです。


どうか皆さんにとっても素敵な始まりとなりますように。
良い一日となりますように。

ありがとうございます。」


作者不詳 拾い物 虹を瞳に宿す猫






0 件のコメント :

コメントを投稿